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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)1143号 判決

原告 梶家恭治破産管財人 真柄政一

被告 京都木平林業企業組合

主文

被告は原告に対して金二、六〇五、三八八円及びこれに対する昭和三二年四月二八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え

原告その余の請求は棄却する

訴訟費用は十分しその四を原告の負担としてその六を被告の負担とする。

この判決は原告において被告に対して金八五〇、〇〇〇円の担保を供するときは原告勝訴の部分を仮りに執行することができる。

事実

原告は「被告は原告に対して金四、六九〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年四月二八日以降完済に至るまで年六分の割合の金員を支払え訴訟費用は被告の負担とする」との判決及び仮執行の宣言を求め

その請求の原因として

一、訴外梶家恭治(以下破産宣告前及びその宣告後を通じて単に破産者と略称する)は木材の仲買業及び加工販売業を営んでいたところ、昭和二九年一月一六日支払を停止し、債権者である訴外天塩川木材工業株式会社の申立により昭和三〇年三月二五日大阪地方裁判所において破産の宣告(同裁判所昭和二九年(フ)第四二号破産事件)を受け、同日原告はその破産管財人に選任せられた。

二、これに先立つて破産者は

(1)  昭和二八年八月二六日、訴外日比貿易株式会社からラワン材丸太一、八〇〇石を代金五、〇四〇、〇〇〇円で買受け、その支払の方法として、被告から被告振出に係る額面右代金額、支払期日同年一一月八日の約束手形一通を借受けて、これを右訴外会社に交付した。右約束手形はその支払期日に手形振出人である被告が手形金を支払つて決済したので、破産者は右約束手形を借受けた日以降、被告に対して右約束手形額面額の債務を負担したことになり、

(2)  その頃、被告から金七五〇、〇〇〇円を借受けた。

三、破産者は被告に対して、前頃の債務合計金五、七九〇、〇〇〇円の弁済として、昭和二八年九月中旬頃から同年一二月下旬頃までの間に、数回に亘つて、第三者振出の約束手形の交付、現金の支払、及び代物弁済としての木材の引渡等の方法をもつて、合計金四、六九〇、〇〇〇円相当の支払を為した。

四、元来、破産者は、木材殊に南洋材の取引について多年の経験を持つているところから、被告及び木材商訴外白倉商店からその商才を信頼せられ、これら木材商から融資を受けてその営業を開始し、その後援と庇護の下に永年営業を継続して来たものであるところ、被告に対して前記の債務を負担して後程ない昭和二八年九月頃から、営業資金の調達が困難となり経営内容も衰徴してその立直しも困難となつたので、自己の営業がいづれにせよ近々倒産を免れ得ない以上、新しく開拓した取引先の犠牲において、永年恩顧を受けた後援者である被告及び白倉商店に対する旧来の債務を優先的に弁済して、これら取引先に対する日頃の恩義に報いると共に、倒産の暁にこれら取引先から幾許の経済上の援助を受けようと企て、右倒産不可避の見透しになつた九月中旬以降は、被告及び白倉商店からの木材の新な買受けを一切中止して、従来取引のなかつた訴外岩井産業株式会社、同浅野木材株式会社及び同杉田商店等から、被告振出の約束手形を交付して多額の木材を買受け、右約束手形の支払期日前に、或いは右木材に製材等の加工も施すことなく原木のまゝでその仕入価格より著しく安い価格で投売して、右投売の代金として得た現金及び買受人振出の約束手形を専ら被告及び白倉商店に対する在来の売掛代金債務及び借受金債務の弁済に充て、或いは右木材を原木のまゝ又は加工の上右在来の債務の代物弁済として右二取引先に交付したその結果として前記投売による損失は多大な額に達し前記新規の取引先の破産者に対する売掛代金債権は多額であるにかゝわらずその支払に充つべき破産者の資産は皆無の状態になつた。

前述の破産者の被告に対する合計金四、六九〇、〇〇〇円の弁済は、右に述べたような目的意図の下に、前記被告の新規な取引先から右のような詐欺的な手段で木材を取込んで、その売上金等をもつて旧取引先の債務を弁済し、故意に右新規取引先の売掛代金債権の取立を不可能にした計画的な作為であるから、破産法第七二条第一項にいわゆる破産者が破産債権者を害することを知つて為した行為に該当する。よつて原告は破産者の被告に対する右弁済行為を否認し、その弁済を受けた被告に対して弁済を受けた金四、六九〇、〇〇〇円の返還を請求すると述べ

被告の抗弁に対して

一、訴外日比貿易株式会社から本件ラワン材を買受けたのが被告であること、被告が破産者に右木材の販売を委託したこと、破産者が被告に対して右委託販売の結果被告のために受取つた金銭として金四、六九〇、〇〇〇円を被告に引渡したこと及び被告が右金円を受領した当時、右金円の支払を受けることによつて他の破産債権者を害することを知らなかつたことはいづれも否認する。

二、仮りに訴外日比貿易株式会社から本件のラワン材を買受けたのが被告であつて、被告が破産者に対して右木材の委託販売を為させた関係にあるとしても、委託販売にあつては、受託者は自己の名義で自己の計算において委託商品の販売をするのであるから、その売上代金は受託者の所有に帰し、直接委託者の所有に帰属するものではない。従つて受託者から委託者に対する右代金の引渡しは委任契約に基く債務の弁済であつて、所有者に対する所有物件の引渡ではない。このような債務の弁済はそれが破産債権者を害することを知つて為されたときは破産管財人はこれを否認することができる。

三、破産者は昭和二七年一二月一〇日妻の名義で昭和二七年一二月一〇日池田市本町の土地四三坪七合外二筆を買受け、その翌年同地上に建物を新築し、右土地買入代金及び建築費として約金二、七〇〇、〇〇〇円を支出した。他面破産者は昭和二八年四月一〇日被告の代表者訴外田中康夫から金五〇〇、〇〇〇円を借受けていた。然るに昭和二八年一〇月二〇日右訴外田中は破産者との間に右金五〇〇、〇〇〇円の債権の弁済期限をその一ケ月後の同年一一月二〇日と約定し、前記時価金二、七〇〇、〇〇〇円を下らない土地及び建物について右債権を被担保債権とする第一番抵当権を設定すると共に、右期限までに右債務の弁済がないときは訴外田中はその代物弁済として右土地建物の所有権を取得する旨の代物弁済予約を締結し、その旨の所有権移転請求権保全の仮登記手続をしたが、同年一一月二四日、右債務が期限に弁済なかつた結果右予約を完結することによつて訴外田中において右土地建物の所有権を取得したとしてその旨の所有権移転登記手続を終つている。このように訴外田中が破産者に対する金五〇〇、〇〇〇円の債権の代物弁済として、実質上破産者の所有に属する時価金二、七〇〇、〇〇〇円以上の価値ある物件の所有権を、僅か一ケ月の期限で取得する旨約定し、且つ債務の弁済が無かつたとして右物件の所有権を取得した形式にしたのは、同訴外人が債務が資産を超過する破産者の当時の資産状態を知つていて、破産者と共謀して破産者の財産を隠匿し又は他の破産債権者の犠牲において訴外田中個人の利益を計つたものであること明瞭である。訴外田中は被告組合の代表者であるから、訴外田中において破産者がその債務を弁済するのは他の一般債権者を害することを知り乍ら一部債権者を利する意図で為されるものであることを知つていた以上、被告もまた右事実を当然知つていたものと言うべきである。従つて破産者からその頃金四、六九〇、〇〇〇円の弁済を受けた被告は破産者が故意に一般債権者の犠牲において被告を利するものであることを知りながらこれを受領したものである。

元来被告は破産者の永年の顧客で且つその後援者であつたから破産者の資産状態は当然これを知つていたのであつて、それ故にこそ昭和二八年九月以後は永年の取引関係にかゝわらず破産者に対して一本の木材も販売していないのである。従つて被告は破産者が他の取引先から木材を買入れてこれを売却した代金をもつて被告の債権を弁済するものであることを知つていながら、前記金四、六九〇、〇〇〇円の弁済を受領したものである。

と述べ

立証として甲第一号証の一、二、三、同第二乃至第八号証、同第九号証の一乃至四、及び同第一〇号証を提出し、証人梶家恭治の第一、二回訊問、同高野清、同川瀬嘉一郎及び同稲富正男の訊問を求め乙第一号は不知、乙第二号証の一乃至一六は商業帳簿であることは認めるがその内容は不知と述べた。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め

答弁として

破産者が原告主張の営業を為す者で原告主張の頃支払停止を為し、破産宣告を受け、原告がその破産管財人となつたこと、被告が原告主張の頃破産者に金七五〇、〇〇〇円を貸与したこと、及び被告が原告主張の頃数回に亘つて破産者から現金又は第三者振出の約束手形で合計原告主張の金額を受領したことは認めるが、原告のその余の主張事実は否認する

被告は破産者から代物弁済として木材を受領したことはない。後述のように被告は訴外日比貿易株式会社から原告主張の価格でラワン材を買受け、これを破産者に委託して販売させたのであつて、破産者が右訴外会社から右木材を買受ける資金として被告振出の約束手形を破産者に貸与したことはない。破産者は右委託販売の代金として受取つた金員をその都度数回に亘つて被告に引渡し、その合計が金四、六九〇、〇〇〇円になつたのであつて、右委託販売代金のうち一部引渡未了のものこそあるが、右金員のうちには破産者が他から買入れた木材を販売して取得した金員をもつて支払つたものはない。また右金員の支払は破産者が委任事務処理に関した金銭を委任者である被告に引渡したので、債務の弁済としてこれを支払つたのではないので、破産者は他の破産債権者を害することを知つて右金員を被告に支払つたことにはならない。被告が破産者に貸与した金七五〇、〇〇〇円は前記委託販売の費用として貸付けたもので、破産者は右委託販売の委任事務の処理に関してこれを受取つたのであるから、これに対する支払は貸金債務の支払にならない。と述べ

抗弁として

一、被告は破産者から被告の所有に属する金四、六九〇、〇〇〇円の引渡を受けたのであるから、右金銭の授受は破産法第七二条の否認の対象にはならない。即ち、被告は訴外日比貿易株式会社からラワン材一、八〇〇石を代金五、〇四〇、〇〇〇円で買受け、破産者との間に、「被告は破産者に右木材を委託して販売し、破産者右委託を受けて右木材に加工し又は加工をしないで販売し、その代金のうち被告の取分を被告に引渡す、右販売代金のうち被告の取分を金五、二二〇、〇〇〇円とし、被告の取分を超過する右木材販売代金は破産者の取分とする」趣旨の木材委託販売契約を締結して、右訴外会社から破産者に右木材を直送させた。破産者は右委託の趣旨に従つて被告所有の右木材を或いは加工して或いは加工しないで数回に亘つて販売し、その都度右販売代金として受取つた現金又は第三者振出の約束手形のうちから被告の取分を被告に引渡し、その合計が金四、六九〇、〇〇〇円に達した。右の次第で右木材は破産者占有の際も破産者の所有に属せず、破産者は被告所有の木材を販売して取得した当然被告に所有に属する現金又は約束手形を被告に引渡したのであるから、右引渡は破産法による否認の対象にはならない。

仮りに委託販売の販売代金が直接委任者の所有に帰することなく、委任者は受任者に対して債権を有するに過ぎないとしても委託販売を受任した商人が、委託商品の販売によつて取得した代金を、他の債権者の債権の弁済に当つることなく、これを委任した者に優先的に引渡すのは、商業道徳上当然のことであつて、かゝる委任に関する法規の定める義務の履行としての引渡は、他の債権者を害することを知つてした弁済と言うことはできない。この意味において前記破産者の被告に対する販売代金の引渡は否認の対象にならない。

二、被告は破産者が破産債権者を害することを知つて被告に支払うものであることを知らないで前記の金四、六九〇、〇〇〇円を受取つたのであるから、右金円及び約束手形の授受は破産法による否認の対象にならない。被告は破産者が昭和二八年八月頃営業不振で債務超過のため支払停止又は破産間際にあることを知らなかつたからこそ被告に対して本件のような多額の木材の販売を委託したのである。そして破産者の財産状態が次第に悪化して行く状態を知らなかつたからこそ、右販売委託を取止めて被告の所有に属する木材を取り返さなかつたのである。仮りに破産者が被告以外の者から木村を仕入れてその転売代金をもつて被告に支払つたようなことが事実あつたとしても、被告は破産者が被告の委託した木材を販売してその販売代金のうちから被告に金員を引渡しているものと信じて本件金四、六九〇、〇〇〇円全額についてその引渡を受けたのである。右額は被告が破産者に販売を委託した木材の代金の全額には達していないから、被告が前記引渡を右委託販売によつて得た代金の一部と信じたのは当然である

原告主張の土地建物の代物弁済の予約は訴外田中康夫と訴外梶家サミ間の貸借について右訴外人間に締結されたのであるから本件の破産者と被告間の関係を律する基準にならないばかりでなく、右土地建物は時価約二、〇〇〇、〇〇〇円相当のもので且つ破産者の家族が現に居住しているからその価値は時価の約四分の一程度であるから、訴外田中が不当に安価な評価で代物弁済として取得したものと言うことはできない。いづれの点から見ても破産者が破産債権者を害することを知つて被告に弁済を為すものであることを被告が知つていたことを推定する資料にはならない

と述べ

立証として乙第一号証及び同第二号証の一乃至一六を提出し、証人高浜幸雄、同白倉忠明、同梶家恭治同山内喜美子及び被告代表者本人の訊問を求め甲第一号証の一、二、三同第二乃至第四号証同第六号証及び同第九号証の一乃至四の成立を認め、同第五、第七第八及び第一〇の各号証は不知、同第一号証の一、二、三同第二乃至第四号証を援用すると述べた。

理由

破産者が木材の仲買業及びその加工販売業を営んでいた者であること、破産者が昭和二九年一月一六日支払を停止し、その債権者である訴外天塩川木材工業株式会社の申立により、昭和三〇年三月二五日、大阪地方裁判所において破産宣言(同裁判所・昭和二九年(フ)第四二号事件)を受け、同日原告がその破産管財人に選任せられたこと、及び右破産者の支払停止及び破産宣告に先立つて被告が破産者から数回に亘つて合計約金四、六九〇、〇〇〇円相当の支払を受領したことは当事者間に争ない。そして証人山内喜美子の証言により真正に成立したと認める乙第二号証の一乃至一六及び成立に争のない甲第五号証によれば、右支払の内訳は

(1)  昭和二八年九月四日 現金をもつて 金一〇〇、〇〇〇円

(2)  同月一〇日 第三者振出の約束手形をもつて 金五七八、九三七円

(3)  同月一八日 現金をもつて 金三〇〇、〇〇〇円

(4)  同年一〇月一日 第三者振出の約束手形をもつて 金九二五、〇〇〇円

(5)  同日 第三者振出の約束手形をもつて 金三〇〇、〇〇〇円

(6)  同年一〇月二一日 現金をもつて 金一五、七七九円

(7)  同年一一月二日 現金をもつて 金九二一、〇六三円

(8)  同年一一月五日 現金をもつて 金一九〇、〇〇〇円

(9)  同日 現金をもつて 金五一、三五一円

(10)  同月一〇日 現金をもつて 金三五〇、〇〇〇円

(11)  同日 現金をもつて 金三五、〇〇〇円

(12)  同日 第三者振出の約束手形をもつて 金二五〇、〇〇〇円

(13)  同月一四日 第三者振出の約束手形をもつて 金六一八、八七三円

(14)  同月二四日 現金をもつて 金一八九、一〇一円

合計 金四、八一五、一〇四円

となるところ、原告は昭和二八年九月四日の金一〇〇、〇〇〇円の支払を本件否認の対象から除外しているものと考えると、原告が否認の対象としたのは右金一〇〇、〇〇〇円を差引いた合計金四、七一五、一〇四円のうち金四、六九〇、〇〇〇円についてであるとしなければならない。原告は、右支払のうちには、代物弁済としての木材の引渡を含んでいると主張するが、原告提出の全立証によるも、被告の破産者に対する右支払の中に木材の引渡をもつてする代物弁済が含まれていたことを証明するに足らないので、原告の右主張は採用できない。

右破産者から被告に対する支払の性質について原告はこれを貸金債務の弁済であると主張し、被告はこれを委任事務処理について受任者が受取つた金銭その他の物の引渡であると主張するが元来民法第六四六条第一項にいわゆる受任者が委任事務の処理に当つて受取つた金銭その他の物の中には受任者が委任者を代理して受取り右受領と同時に直接委任者の所有に帰した物と受任者が自己の名で受取り、受任者から委任者に更に引渡のあるまでは受任者の所有に帰するに至らない物の双方を含んでいるのであるから、結局同法条は、右委任者の所有に帰した物についても、その所有に帰するに至らない物についても、受任者がこれを受取つたときは、速かにこれを委任者に引渡すことを要し、受任者においてその占有を継続する権限はない趣旨の規定である。従つて被告の主張するように、受任者が自己の名でその計算において受取つた物までも、その所有権が直接委任者に帰属し、受任者の所有に帰するのではない趣旨の規定と解することはできない。俗にいわゆる委託販売契約と称するのは、受任者が委任者の所有に属する商品を受任者の名で販売する委任契約であるから、委託商品の所有権は受任者がこれを販売するまでは委任者の所有に属するけれども、受任者がこれを販売して得た商品代金は一旦受任者の所有に帰し、受任者から委任者にその引渡があつて始めて委任者の所有に帰する。委任者に対する右代金の引渡請求権は債権に外ならないので、貸金債権売掛代金債権等の他の一般債権と区別しなければならない何等の理由もない。即ち委任者は、受任者が委託商品を販売して得た代金について、何等優先弁済を受けることのできる権限を有しないと共に、他面において受任者が右委託商品の販売によつて得た代金以外の受任者の財産で右委託販売契約に基く引渡請求権としての債権の弁済を受けても、それが不法又は不当な支払であることにはならない。民法第六四六条第一項による委任者の受任者に対する引渡請求権が他の債権者に優先する権限である旨の被告の主張は法律の誤解に基くものである。強いて右引渡請求権の他の債権と異る点を挙ぐればその期限が別段の約束がない限り委託商品の販売代金を受任者が受領した都度これを委任者に引渡すことのできる最初の機会に到来する点にある。以上のような理由で前認定の被告が破産者から弁済を受けた債権が委託販売契約に基く引渡請求権であつた旨の主張はその弁済期限についての主張として(此の点は被告においてその到来を立証しなければならない不便があるので必ずしも被告に有利な主張であるとは言えない。)及び被告は右債権を他の債権に優先して弁済を受けることができるものと誤解してそのように確信して弁済を受領したから、破産者が右弁済資金を委託商品の販売によつて得た場合又は被告がそのように信じている場合には、右弁済の受領は被告が他の破産債権者を害することを知らないで右弁済を受領した場合に当るとの趣旨の主張としてのみ意味があると解しなければならない。

そこで被告が破産者に対して有していた債権の期限を確定する意味で右債権の発生原因について判断するに証人高浜幸雄の証言(後述採用しない部分を除く)と成立に争ない甲第四号証を綜合すれば被告は昭和二八年八月二八日頃訴外日比貿易株式会社からラワン材丸太一、八〇〇石を代金五、〇四〇、〇〇〇円で買受けた際に、右代金の支払に当てるために、被告から額面右代金額支払期日昭和二八年一一月八日の被告振出の約束手形一通を借受けてこれを右訴外会社に交付したことを認めることができる。そうしてこのような支払手段として第三者の約束手形を借受けた場合には、その支払について特別な約束がない限り右約束手形の授受をもつてその額面額の金員の貸借があつたものと見做して、債務者は右手形の支払期日に自らの責任で右手形債務を決済して手形の貸与者に迷惑を掛けないのが通常であること、右手形の額面額が弁論の全趣旨によつて認め得る破産者の営業の規模及び資力に比較して相当に多大であること、及び、前認定のように破産者が被告に対して昭和二八年九月四日から同年一一月二四日まで数回に分けて支払をしている事実を綜合すれば、破産者は被告に対して前認定の金五、〇四〇、〇〇〇円の債務を一時に支払うことができない関係にあつたので、破産者は前記のラワン材を販売する毎に被告に対して遂次右債務の内入弁済をして手形の支払期限までに全額の弁済を終り、右手形は被告自らこれを決済する約定であつたと認めるが相当である。このように理解すれば、被告が破産者から右手形の期日前に支払を受けた金員に対する利息が右手形の借受について破産者から被告に対して支払われる謝礼に当ることになり、右手形貸借の合理的な説明が得られる。被告は前記ラワン材に関する被告と破産者の関係は被告が破産者に対して右ラワン材を金五、二二〇、〇〇〇円の指値で委託販売させたのであつて、破産者から被告に対する前認定の支払は委託販売代金及び被告が委託販売の費用として破産者に寄託した金員の引渡であると主張するが、委託販売はともすればその当事者の間複雑な法律関係を発生させるので、右のように高額な商品の委託販売については書面による契約が締結されるのが通常であるのに、破産者と被告の間にかゝる契約書の取交しがなかつたと認めるに足る証拠はなく証人高浜幸雄の証言及び被告代表者本人訊問の結果中被告主張に副う供述部分は採用でない。証人高浜幸雄の証言中右ラワン材の買受人が被告であつた旨の供述は訴外日比貿易株式会社としては右木材代金の支払い責任者は被告であると信じていたと言うに止り、破産者と被告の関係が手形の貸借の関係であつた旨の前記の認定の妨げになるものではない。

原告は破産者の被告に対する前認定の債務の弁済が他の破産債権者を害することを知つてした弁済であると主張するので、先づ破産者には破産債権者として何人があり、如何なる原因に基いて何時発生し、弁済期何時の債権が幾許あつたかについて判断するに原告の主張及成立に争のない甲第三号に徴し、かゝる債権として原告が本訴において主張しているのは同号証記載の債権のうち被告、訴外株式会社白倉忠商店及び訴外白倉忠個人を除く債権者の債権であると考えられる。よつて右甲第三号証と成立に争のない甲第四号証甲第五号証及び前認定の破産者の被告に対する各支払を比較して検討すると次のことが認定せられる。

(一)  甲第五号証記載の破産者の木材買掛代金債務のうちその支払の期限が昭和二八年一二月末日以前に到来するものは訴外岩井産業株式会社から昭和二八年九月一〇日買入れた木材の代金額一、〇五二、七九八円支払の期限同年一二月二〇日の買掛代金債務のうち金一五一、七九六円を支払つた残額金九〇一、〇〇二円唯一口である。右訴外会社の破産者に対する債権で昭和二八年一〇月一〇日の売掛代金債権金一、四九一、〇五五円はその期限が同年一二月一六日であつた関係から支払済の勘定になつている。(甲第四号証中訴外鴨野某の破産者に対する借金一、四九一、〇五五円は右訴外会社に対する資金を借入れたもので、右買掛代金債務の期限頃発生したものと思われる。従つて右鴨野某の債権は被告に対する破産者の支払の終つた後に発生した債権であるから原告の主張する理由による否認の基礎となる債権中には加え得ない)

(二)  甲第四号記載の破産者に対する債権のうち右訴外鴨野某の債権全部訴外岩井産業株式会社の債権のうち昭和二八年一二月二日に発生した金二、二九六、三七八円訴外浅野木材株式会社の同年一二月一八日発生した金一、七四〇、〇〇〇円及び訴外堂之本木材株式会社の債権はいづれも破産者の被告に対する最後の支払の日以後発生した債権であるから、原告の主張する否認の根拠となる債権中には数えられない。

(三) 甲第四号証記載の被告に対する債権のうち甲第五号証により昭和二八年一〇月一九日までに発生したことが認められる分は前記訴外岩井産業株式会社の同年九月一〇日に発生した債権一口である。よつて破産者から被告に対する右一〇月一九日までの支払は後に述べる理由で右債権を害することを知つて支払われたとは考えられない即ち破産者被告に対する支払のうち前認定の(1) 乃至(5) の支払は否認の対象にならない。

(四) 破産者は昭和二八年一〇月二〇日に多量の木材を買受け多額の買掛代金債務を負担し次いて同年一一月一〇日及び同月一三日に更に買掛代金債務が増加したが、破産者の被告に対する前認定の(6) の支払は右二〇日に買受けた木材を販売して得た代金をもつて支払われたとは考えられないから(三)と同様の理由で否認の対象にならない。

(五)  破産者の被告に対する前認定の(7) 乃至(13)の支払は(四)に述べた買受木材の代金をもつて支払われた疑い十分で否認の対象となるかどうか検討を要する。

(六)  破産者の被告に対する前認定の(14)の支払は被告と破産者間の取引の清算の際支払われたものであつて、その際破産者が被告に対して債務の全額を期限経過後にかゝわらず支払い得ない状態にあつたことは被告の自認するところである。そしてその際破産者がその取引先にも期限未到来の多額の売掛代金債務を負担していて、これまた支払不能の状態にあることは破産者及び被告が木材業者である経験から当然知つていたと認められるので、後記(五)の検討において述べるところを参照すれば破産者は破産債権者を害することを知り乍らこれを支払い、被告は右事実を知り乍らこれを受取つたものと言うことができる。

さて前記(五)において述べた破産者の被告に対する(7) 乃至(13)の支払が破産法による否認の対象になるかどうかについて検討する。破産法第七二条第一号の要件を具備するときは破産者の債務の弁済であつても同条によつてこれを否認することができることは判例の承認するところである。しかし破産者の債務の弁済を同号によつて否認を許すのは債権者間の平等を目的とするのではなく、破産者の破産債権に対する悪意による加害行為を除去し、弁済を受けた債権者の悪意による利得を剥奪して破産財団に属する財産を増加させることをその趣旨とするものであるから、右第一号の要件が具備する為めには単に破産者が特定の債権を弁済した為めに債権者間に不平等な結果を来したと言うだけでは足らない。破産者が積極的に破産債権者を加害する意思を有すること即ち破産者が早晩支払停止又は破産宣告に至ること及び特定債権を支払うにおいては右支払停止又は破産宣告の暁に他の債権者に十分な弁済を為し得ない結果を召来することを予見していながら、特定債権者に利益を与える不当な弁済を敢てした場合であることを要する。本件の場合には破産者が支払の意思及び能力なくして木材を買入れるか又は右買入れた木材をこのような安価に売るときは早晩支払不能になることを予見しながら敢て右安い価格で売るかのいづれかの行為をなし、その後に、被告に対して不当に被告のみを利する弁済をすれば右弁済は前記の第一号によつて否認することのできるものであると言わねばならない。そして同号但書の規定により右の場合でも被告がかゝる弁済であることを知らないでこれを受領した場合には右弁済は同号による否認の対象から除外せられる。

なるほど前出甲第五号証によれば破産者は昭和二八年七月以降損失に損失を重ねて木材の売買を続けて来たことを認めることができるが事業の経営殊に木材売買業のように投機的な事業経営は損失を重ねていても好機に相遇すれば利益を得ることができるし、且つ事業家は少くともこのような経営状態好転の期待を持つものであるから破産者が損失続きの営業を続けて来たからと言つてそれだけで早晩その事業の経済的崩壊及び支払の停止に至ることを予見していたと認めるには足りない。また前出甲第四号証によれば昭和二八年九月と同年十月を境としてその前後において破産者が木材を買入れた取引の相手方は全く相異しているけれども、破産者の経済状態の悪化に気付いて破産者との取引を停止するのは取引先の意思によるもので破産者の意思によるとは認め難いから、右取引先の交替だけで破産者がその事業が早晩支払停止に至ることを予見していたと言うことはできない。しかしながら右甲第五号証によつて認め得る昭和二八年七月以来損失続きの破産者の営業状態、甲第四号証によつて認め得る昭和二八年九月をもつて旧来の取引先の殆ど全部から取引をして貰えなくなつた破産者の信用状態、甲第一号証の二、三によつて認め得る破産者の支払停止当時の財産状態から甲第四号証及び甲第五号証に徴して遡つて推定した同年一〇月二〇日頃の破産者の債務過多の積極財産と消極財産の比重、甲第四号証によつて認め得る昭和二八年一〇月二〇日破産者が本件ラワン材一八〇〇石の買入れを除いて従来にない多量多額の木材の買受けを一時にした事実、甲第五号証によつて認め得る右買入れた木材のうち或る物は明らかに買入価格より遥かに安価に販売している事実、前認定の破産者の被告に対する債務の弁済が昭和二八年一〇月一日に為されてから同年一一月二日に為されるまで約一ケ月の間は同年九月二一日に金一五、七七九円の弁済のあつた外殆ど中断状態にあつたのに同年一一月二日から同月一四日までの僅か一三日の間に数回に亘つて著しく多額の弁済が為されている事実、及び成立に争のない甲第九号証の一乃至四によつて認め得る昭和二八年一〇月二一日破産者の妻梶家ミサと被告の代表取締役田中康夫個人との間に右ミサの田中康夫に対する金五〇〇、〇〇〇円の債務の代物弁済として右債務が期限に支払われないときは債権者田中に右ミサ所有の池田市本町三一八三番地の一四宅地四三坪七合、同番地の一二宅地五坪九合、同番地の一五宅地二坪四合七勺以上宅地三筆の合計五二坪七勺及び同番地の一四上の木造瓦葺二階建居宅一棟建坪二六坪二合二勺二階坪八坪三合六勺の所有権を移転する旨の代物弁済の予約を締結し、その債務の弁済期を右契約締結の日から一ケ月後の同年一一月二〇日と約定し、その旨の所有権移転請求権保存の仮登記をなし次いで右一一月二〇日田中康夫においてこれ等不動産を売買によつて取得したとして同月二四日附でその所有権移転登記手続を終つていて、専ら右不動産の所有権を右田中康夫に取得させることを目的として右代物弁済予約を締結し所期の通り同人にその所有権を取得させた事実を綜合すれば、破産者は昭和二八年一〇月二〇日頃その営業の当時の状況から考えてそれが債務超過及び信用喪失のために経営不能となり早晩支払停止の余儀なきに到ることを予見し代金を支払う能力も意思もなく前認定のように右二〇日多量多額の木材の買入を為し、これを販売して得た代金をもつて被告に対して前記(7) 乃至(13)の支払をしたのであり、被告も破産者がこのような支払を為すものであることを知りながらこれを受領したと認めるが相当である。もつとも前記代物弁済の予約においては、その債務者は破産者自身ではなくて破産者の妻ミサであり、債権者は被告自身ではなくその代表取締役である訴外田中康夫個人であるけれども、日本の家族制度の一般的な状況及び右代物弁済予約締結当時前後の前認定のような被告の営業状況、信用程度、財産状態等に徴すれば、特に右ミサが従前から妻として個有の財産を持つていたことの証明のない本件の場合にあつては、右代物弁済の予約は破産者の営業の不振、信用の喪失負債の増加財産減少等と関連して、破産者の債権者等が右予約の目的である不動産から債権の弁済を得ようと企てるのを防ぎ、田中康夫に特別な利益を与える意味で締結されたのであつて、破産者及び被告も右ミサ及び田中康夫を通じて右の趣旨で右代物弁済予約が締結されたものであることを承知していたことを認めることができる。従つて代物弁済予約の締結はその当時における破産者の営業経営の方針並びに被告に対する債務弁済の真意及びこれら破産者の意図についての被告の認識の認定に役立つものである。証人梶家恭治の第一、二回証言及び被告本人訊問の結果中以上の認定に反する供述部分は措信しない。

右のように破産債権者を害する破産者の意思は昭和二八年一〇月二〇日頃に至つて始めて認められ、それ以前には認められないから、また破産者が右の意思の下に被告に弁済したのは、右の一〇月二〇日に買入れた木材を販売した後のものに限られるから、前記破産者の被告に対する弁済のうち、(1) 乃至(6) の弁済は、前記(三)及(四)において記載した理由と合せて考慮すれば、破産者が破産債権者を害する意思を抱いてした弁済に当らないので破産法第七二条第一号によつて否認することはできない。よつて右各弁済についての原告の否認はその効力なく、右否認の有効なことを前提とする被告に対する右各弁済金の返還の請求はいづれも理由がない

しかしながら、右認定の昭和二八年一〇月二〇日に買入れた木材を破産者が販売し始めて後の弁済である破産者の被告に対する前記(7) 乃至(14)の弁済は前認定のようにいづれも被告が早晩支払停止に至るを免れ難いことを予見した後に、破産債権者を害することを知りながら為したものであり被告も破産者がこのような弁済を為すものであることを知りながらこれを受領したものであるから、前記法条第一号によつて否認することができる。もつとも、債務者は弁済期限の到来していない債務を弁済する義務はないし、期限の到来している債務に付いてはその先に到来したものから順次弁済するのが当然の措置であるところ、本件被告の破産者に対する債権は前記(7) 乃至(13)の弁済の当時は前認定のようにそれぞれその額については既に弁済期限が到来していたのに反して、原告主張の破産債権者の各債権は前認定のように当時全部が期限未到来のものであつたから、仮りに破産者の営業状況資産状態等が正常なものであつたとすれば、被告に対する右各弁済は正当な弁済で不当に被告を利するものとは言い難い。しかしながら、本件の場合では、前記昭和二八年一〇月二〇日頃から破産者は前認定のように不当な営業方針で営業を経営する決意をしたのであり、且つ右(7) 乃至(14)の弁済はこのような方針の営業経営の一部を為しているから各債権の弁済期限が前記の通りであるにかゝわらず原告は右(7) 乃至(14)の弁済を否認することができる。何となれば破産法第七二条第一号によつて債務の弁済を否認することは許されないと解するのであれば兎に角、いやしくも同号による債務の弁済の否認を許す以上、同号の適用から弁済期限既到来の債務と未到来の債務の間で既到来の債務を弁済した場合及び既到来の債務相互間で先に到来したものを弁済した場合を除外したのでは、同号を債務の弁済に適用を許す場合は殆ど無くなるし、またこれを許す趣旨とも合致しないからである。以上の理由で破産者の被告に対する弁済のうち(7) 乃至(14)に対する原告の否認はその効力を生じ被告に対して右弁済を受けた金員の返還を求める原告の請求は正当である。

よつて右(7) 乃至(14)の弁済金額合計金二、六〇五、三八八円及びこれに対する本件の訴状送達の日の翌日である昭和三二年四月二八日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求める限度において原告の被告に対する請求は正当であるのでこれを認容しその余を失当として棄却し、民事訴訟法第八九条第九二条に則り主文第三項の通り各当事者に訴訟費用を負担させ、同法第一九六条に則り主文第四項の通り仮執行の宣言をする。

(裁判官 長瀬清澄)

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